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その女子の天然ボケ本物?偽物?

巷でよく使われている性格を表す言葉の「天然」「養殖」などは、もともと漫才から来た言葉で、しっかり者の「つっこみ役」と、笑いを誘う「ぼけ役」の、特に「ぼけ役」に対して初めて萩本欽一さんが、ジミー大西さんのキャラクターに接した際に使った言葉であるとする説が有力になっています。

もともとは計算された芸としての「ほけ役」であるのに対して、ジミーさんは、計算なしの「天然」(生来のボケ役)であるという意味で使ったことが最初だそうです。けれど今では、「天然」は、かわいい女性の一つの性格類型として定着しつつあるようです。 ではその気になる「天然」の定義とは? その本質を探ってみたいと思います。

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天然な人の特徴


「天然」と一言検索を入れてわかったことは、なんと「天然」はジミー大西から始まって以来、正確な定義がありません。「天然キャラ」に関する書籍、参考文献も見当たらないのです。しかし、この「天然」というキャラはいつしか、一つの『人物像』をつくりだしていきます。

まず、ファッションは、「ゆるふわ」系。髪はセミロングで、柔らかく、ふんわりとしたウェーブが自然とかかっていて、いくらかぽっちゃり目の子供っぽい顔だち。ピンク系のナチュラルメイクに、目元はくりくりと大きくぱっちり。およそ、シャープな印象は与えません。

服装もそうした顔だちに合わせた、ナチュラル派。もしくはふんわりお花畑のようなロングスカート。もしくは、彼女たちの独自の世界観に合わせたものになっているので、オフィスでバリバリ働くキャリアウーマンとは対照的なルックスといえます。

人の話を聞かない

そんな『大草原の少女』のような「天然」さんは、まず、人の話を聞きません。これは最初から相手をはねつけるのではなく、目の前でにこやかに話しをして、「うんうん」と合づちを打っていたとしても、話を半分もきいていないという意味です。理解力が低くて話の内容を半分しかわかっていないということでもありません。

「天然」な女の子はとにかく自分の世界を常に構築しています。彼女たちにとって、自分が興味のあること以外はその脳に収める価値はないと思っているかのように、情報をセレクトします。結果、彼女たちの興味のある部分にのみ話の内容は枝葉末節されるので、「話半分」となってしまうわけです。

とにかく楽観的な性格

楽観的な性格ともいえますが、基本は前向きでポジティブと言えます。あまり過ぎたことや、遠い未来に対してくよくよと考えません。これは、先ほども少し触れましたが天然さんたちの独自の世界観に由来しています。
彼女たちは、この世で、普通の人たちと同じように暮らしてはいるものの、彼女たちの意識は、この世ではないといってもいいかもしれません。大好きな雑貨のこと、好きなアニメやゲーム、趣味、コスメなど、そうしたことで常に頭の中はいっぱいで、現実の出来事はあまりウェイトを占めません。

ですから、何か出来事が起こっても「まっ、なんとかなるさ」と結局はそこに帰結します。どうにもならないことをくよくよ考えるよりも、美味しいものを食べて、大好きな趣味の世界のことを考えていたいのです。

自分で天然だと気付かない

どこか、普通の人と比べると浮世離れしている天然さん。周囲の人たちと興味や関心のベクトルがずれている天然さんは、自分がズレているということに気が付かずに行動して、不本意ながら周囲から笑いを得てしまうことも多々あります。ですが、本人は大まじめなので何を笑われているのか気が付かないのです。

その笑いは、もつぱら「天然」さんの「幼さ」から来ています。大人としては未成熟な幼い反応に対して、周囲が「かわいい」「ほほえましい」と好感を持った時に笑が起きます。その反対に反感を買ったときは、周囲の「苦笑」を誘うことになります。いずれにしても本人は自分の置かれている状態が解っていません。

それゆえに「天然」といえるのでしょう。ですが、「あなたは天然だね」と周囲からの評価が増えてくるにしたがって、「そうか、天然なのか」と気づく「天然」さんもいます。しかし、相変わらず、「どの部分が天然だと周囲に思わせるのか」はまったくわかっていません。

誰に対しても常に笑顔

基本的に人見知りを「天然」さんはしません。警戒心というものが希薄であるといえるかもしれません。「人間そんなに悪い人はいない」という性善説に基づいているといってもいいでしょう。

なぜ「基本性善説」なのかといえば、それは「天然」さん自身が「よい人」だからといえるでしょう。「人生を楽しむ」ことにのみ主眼を置いた「天然」さんは、他者を蹴落とした先に自分の楽しみを置くという価値観は持ち合わせていません。

想定外の言動

周囲の人からすれば『想定外』の行動と思えるようなことでは、じつは「天然」さんにとっても『想定外』のことで、本人すらも「どーしてこんなことになっちゃうの?」ということがとても多いのです。
彼氏のためにチョコレートケーキを作っていたのに、気が付いたら巨大なチョコレートクッキーになっていた!!なんてことは日常茶飯事です。

本人はレシピどおりに作っていてるつもりで、どこで分量を間違えたのか気が付きません。「あれれ?もっと小麦粉は多かった? バターはこんなかんじ?」とやっているうちに、最初に思い描いていたものとどんどん違っていきます。でも本人にしてみれば「おいしければいいんじゃない?」なのです。

また、「天然」さんは周囲と違う視点をもっています。白いテーシャツにコーヒーでシミを作ってしまって、貴方がへこんでいたとしても、「天然」さんは「なんかこのシミ、♡型みたいでかわいいね」と全く予想外の言葉を言ってくれたりします。

時にはこうした予想外の言動が周囲をイラつかせますが、おおむね周囲を和ませることに一役買っています。

やはり天然ボケ女子はモテるのか


確かに、「天然」ぼけしている女子は周囲を和ませてくれます。見た目もソフトで相手に警戒心を抱かせず、いつも笑顔です。

しかし、職場の即戦力としては、あまり役に立ちそうにありません。接客業としてはこんな天然ぼけ女子は、ある意味お客さんの人気を得るかもしれません。特にお年寄りや小さなお子さんには「人当たりのよいお姉さん」に移るかもしれません。ですが、瞬発力を問われるような職場には全く不向きといえます。

天然女子とそうでない女子どっちが好き?

「天然」さんと、そうでない女子とどっちが男性は好むかというと、これは、男性のタイプにかなり依存するといえます。天然さんのこれまでのキャラクターを総括すると、一つの人物像が浮上します。それは「交流分析」という内観方法の中にある、「FC」(フリーチャイルド)と呼ばれるキャラクターです。

どんな人の中にもこの{FC}の部分は存在していますが、この{FC}の割合が多い人ほど「天真爛漫」な性格になっていきます。

十分に成熟した大人の男性からすると、この「天然」さんは父性を刺激される存在となりますし、社会性の強い男性からすると、この「天然」さんは「一服の清涼剤」「一陣の風」的な存在になりますが、自身もタイムテーブルに拘束された生活を送っていたり、または幼児性の強い性格であったりすると、「天然」さんは天敵のような相手になることがあります。

天然ボケが好きな理由

前述しましたが、論理的思考を常に求められる職種についている男性や、社会性を求められる職種のなかで、息苦しさやマンネリをかんじているような男性にとっては、想定外の行動や予想外の感性にみちた「天然」さんは、アイデアやヒントの宝庫となります。

「馬鹿な子ほどかわいい」ということではなく、常に他人と違った価値観で物事を見ているので、その異なる尺度で救われることが多いのです。

そうでない女子が好きな理由

一方、時間に追われた仕事をしている際に、あまりマイペースな独自の時間軸で生きている感を出されると、忙しい男性としてはイラッとなることも多いでしょう。

これから大事な得意先に行くのに、ワイシャツにカレーのシミが付いてしまった! なんてときにシミの形が「♡型みたいでかわいいですね」と言っているような女子よりは、黙ってコンビニに飛んで行って安いワイシャツの一枚も買ってきてくれる女子のほうが頼りがいを感じるのは最もな話です。

ある意味「天然」さんは物事に囚われない点が美点でもあり、「つかえない」点でもある「諸刃の剣」であるといえるのです。

偽天然ボケの見抜き方


「天然」か「天然を装った養殖か」を見分ける方法は、ズバリ「口調」です。

まず、「天然」ぼけの女子に『早口』の人はいないといっていいでしょう。「天然」さんは他人をいじめません。いじわるされることはあっても、自分から意地悪することはまずありません。攻撃的要素が皆無であるといってもよいでしょう。しかし、無防備なほどの、この天然さんの「おっとり」さと『穏やかさ』が、相手を苛立たせる最高の武器なのです。

時々笑顔が消える

そんな「天然」さんと対照的なのが「天然」さんを装った「養殖」さんです。

養殖女子は、自分の性格の鋭さ、人当たりの悪さを十分に知っています。ですから、「天然」さんから学んだ「人当たりの良さ」や「優しい雰囲気」、または「我が道をいくマイペースさ」を身に着けようと努力します。

ですが、それはあくまでも『擬態』にすぎません。生来の「天然ぼけ」ではないので、どこかで『素』が出ます。そのふと顏を出す「素」の部分が妙に暗かったりします。いつでも笑顔で対応していたはずのミッキーマウスの、中の人が、ちらりと見えたような瞬間があるのが『養殖』さんです。

夢中で話をしていて、ふと相手の顏を見ると、相手の笑顔が消えている。もしくは目が笑っていないで、相手の話の長さにイライラしている。『養殖』さんとは一時間も話せば、「天然」か『養殖』か見分けがつくでしょう。

異性の前でだけ天然キャラ

また『養殖』女子は、「人当たりのよさ」や「マイペースさ」を演出することで、結果的には「異性にもてたい」「他人に好かれたい」という気持ちが強いので、その演技はやはり、効率のよい異性の前でのみ行われるということが多くなります。

自分で天然アピールする

更に、自分から「わたし天然キャラだから」と異性の前でアピールすることで、自分が天然キャラであることを印象づけようとする人も『養殖』さんに多いといえます。

けれど、本物の「天然」ぼけ女子が、「天然ボケ」であることから周囲に対して迷惑をかけているのではないかと『学習』したときに、「天然ボケだから期待しないでください」という、予防線の意味で使用している場合もあるので、「自分からアピールする」という点だけでは養殖か天然かを見分けるのに不十分といえるかもしれません。

嫌いな人がいない設定をする

もともと「人見知り」のしない「天然キャラ」になりきるために「自分には苦手な人はいない」『嫌いな人がいない』と設定して、誰にでも笑顔を振りまくのが「養殖」さんでしょう。

しかし、「天然」ぼけ女子も、誰にでも笑顔というわけではないのです。やはり、自分のマイペースさや、自分の独自の価値観、自分の興味の世界を否定する相手には笑顔ではいられません。

むしろ、FC(フリーチャイルド)の部分が強い天然ボケ女子が、一度『自分を否定する相手』と相手を認識すると、強情な子供のように、「非常に素直な態度」を相手にむけることになります。天然ボケだからこそ、計算なしで、素直に行動してしまうといってもよいでしょう。

しかし、「養殖」女子にはそれができません。結果「養殖」女子は八方美人になりがちです。

まとめ


「天然ぼけ女子」とはいったいいかなる存在なのか。そして、結局そうした、「自由な子供」のようなキャラクターの女性を男性は好むのか、否か。その点をテーマに考察してみましたが、いかがてじたでしょうか。

ジミー大西さんから始まって、一人歩きしていく「天然キャラ」とは、調べれば調べるほどつかみどころがなく、実態もない、まるで一種の『都市伝説』のような存在です。果たして「天然キャラ」などというキャラクターは存在するのかすら怪しい気もしてまいります。

そして、さらに昨今では、「天然キャラ」=「ユルフワ系」=「かわいい女性」という公式まで出来上がっていて、一言で「天然」といっても、統一したイメージが明確にないのが現状かもしれません。

また、仮に「天然」というキャラが実在していたとしても、こうしたキャラクターを実際に好む男性は少なく、結局は「天然っぽく演出したしっかり者」の「シュガーコーティング」さんのほうが、実際は人気があるのではないでしょうか。

出典「あなたの心には5人家族が住んでいる・エゴグラム」 (芦原 睦著 扶桑社)


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